中学のころ、同級生の男の子に

「性悪って表が裏で、裏が表みたいだよな」

と言われたことがある。

 

そのときはなんとなく嬉しかった。

そういう時期はとくに、ほかの人と違うだとか、自分だけ特別とかいうことをかっこいいと思うから。いわゆる中二病みたいな。

例に漏れずわたしもこの言葉を「お前ってなんかほかの人と違っててかっこいいよな」って具合に受け取った。

 

その男の子がどういう意図で言ったのかはわからないし、たぶんもう言ったことすら覚えていないと思う。

 

わたしとしては、ここに書くくらいいまもこの言葉を思い出しては咀嚼する。

 

ここ数年は、そのたびにハテナが浮かぶ。

だってぜんぶ"素"だし、と。

 

SNSが普及して、文字通り現実世界とは別の居場所や環境がある人は多いと思う(現実世界が一つの世界ということではなく、現実の中にも複数、ネット上でも複数という意)。

その反面、とくに思春期の人の悩みで「現実の友達の前で素の自分が出せない」というのをよく目にする。こういう人でネットの友達の前で、というのはあまり聞かないがまあそんなことはどうでもよくて。

ここで言いたいのは、その人にとっては現実よりネットの世界の方が素晴らしく映っているだけで、別に素じゃないわけじゃないんじゃない?ということ。

それ、自分の首絞めない?ということ。

 

家や学校や職場、ネットだとそれぞれ気の遣い加減は違うのはあると思う。わたしもそれはわかるしそうであるべきだとすら思う。

そういう、こっちでは取り繕ってるけどこっちでははっちゃけるっていう気の遣い加減が違うことを「素じゃない」なんて言ってしまうと、

「ネットの世界の方が素晴らしい」が「ネットの世界の自分の方が素晴らしい」になっちゃわない?と思う。そして「現実の世界の自分は素晴らしくない」に行き着いちゃうんじゃないかなと、勝手に懸念し心配している。

 

気の遣い加減、見せてる面(層)が違うだけでぜんぶわたしでぜんぶあなただと思うんだよ。

 

まあ、こっちが素でこっちが素じゃないって言うことで、プライド守ってるんだろうな〜っていうのもわかる。その自衛ダッセーけど。

 

あの男の子は、わたしのどこみて表と、どこをみて裏だとおもったんだろう。

 

これは余談ですが、その男の子はわたしが好きだった人の親友でわたしの好意をしっていた、というか言ってないのに気づかれてた。

人のことをよく見るひとなのか、わたしのことが好きだったのかもしれない。

 

今度会えたらいろいろ聞いてみようかな、覚えてなくたっていいから。