月曜日

ここ数年は、曜日感覚があまりない。

以前マッチングアプリで出会った男性と話をしていて、何の拍子か「小学校卒業までの記憶がほとんどないんだよね」と言った。

「ショッキングな出来事があったからじゃない?」

と言われ、まあ自然に考えるとそうだろうなという納得と、なんだか腑に落ちないなという感覚。

 

帰る家が未だに分からないとか、覚えておきたいことを覚えていようとするたびに頭がショートするように熱を持つこととか。

辻褄の合わない思い出とか。

 

何が間違っていて、何が正当だったのか。

何が毒で何が愛だったのか。

何が縁で何が執着なのか。

わたしの目と、あなたのわたしを触れる手、どちらが歪んでいたのか。

 

ひとりだとバレてはいけなかった。

わたしにすらバレてしまったら足首がぐにゃりと曲がってそのままほろほろとからだが崩れていく気がしていた。

寒かったり暗かったり、雨や風や雷や、怖いものはたくさんあったのに平気なふりをしていないと立っていられなかった。

ともすればそれらを自らに打ち付けることで安心すらしていた。

雨に打たれることで輪郭がはっきりするような気がしていた。それでいて紛れる気もしていた。

天象という尊大なものにだけは認知されることが恐ろしくなかった。

 

「大丈夫」と言ってほしいから「大丈夫」と言っていた。

「大丈夫?」ではなく、確信が欲しかった。

唱えながら胸をポンポンして、ひとりでに寝かしつけていた。

 

わたしの惨めを搾取などされたくない。

綺麗な言葉、なんて馬鹿げたこと言わないでくれ。

どうか、

「自分のことを愛す」

なんて曖昧なものの一つの解釈として、わたしは

「自分のことを"存在的に"愛されて良いのだと認知する」

があると思っている。

 

ここで書くのは励ましでも慰めでも説教でもありません。

 

あなたがそこにいて良いのだと認めること。

家族や恋人からの分かりやすいアイラブユーだけに関わらず、お店に入ると席に案内されること、レジ袋の有無を聞かれること、犬に吠えられること、横断歩道を青になってから渡ること、そんなこと。

 

当たり前にするにはありがたくて、ありがたがるには大袈裟なこと。

 

だけど、あまりにもおそろしい。

自分が愛されて良い存在だなんて、口にするだけで手が震え、脈が速くなる。

ああ、あのときはやはり愛されていなかったのだと認めることになってしまいそうで。

なんておそろしい。

 

ならば前提から崩してしまったほうが、あのときのわたしを全力で「可哀想」にできるのではないか。

わたしの世界で誰よりも可哀想なのはわたしなのだから。

わたしに可哀想と言っていいのはわたしだけだし、だからわたしが一番可哀想がらなきゃいけない。

 

 

だけど、本当は思うのです。

わたしたちは同じ人間で、皆に血が通っていて、それによって体温がある。これはとても生物的なお話。

わたしがあなたを愛しているということは、逆もあって然るということ。

あなたが誰かを嫌っているということは、逆も然りだということ。

 

あなたは、きちんと人に認知されているということ。

 

わたしがあなたにできることは手を繋ぐことか、指先を触れること、服をつまむこと、握手をすること、肌をくっつけるくらいのことで、あなたはあなたに救われなきゃいけない。

わたしの表情筋を動かせるのはわたしだけで。

 

笑いたいときに笑えばいいし泣きたい時に泣けばいい、好きだと言いたい時に言えばいいし、そうでないときは無表情でいていい。

あなたは笑っているから価値があるわけではなくて、綺麗だから好かれているわけでも不格好だから嫌われているわけでもない。

この世はあまりに残酷で、皆に平等に親切。

 

わたしはわたしのことで精一杯だから、あなたのことはあなたに任せるね。

イビツ

歪んだまま、真っ直ぐに生きてきた。

歪んでいるのだと気づいたのは10代の半ばだった。

 

わたしのこれが過度な自立なのだと知った。

 

歪みを見つけて真っ直ぐに伸ばそうとすれば、ワイヤーのような線は形状記憶でゆったりとまたいびつに曲がりだす。

それでもと伸ばし続け、その先その先でまた歪みに衝突する。

この真っ直ぐとこの真っ直ぐの辻褄が合わなくなって、さて途方もないなと思う。

 

ようやっと緩やかな曲がりにできた頃、自分はどこだと迷子になる。

伸ばさなければ人を傷付けるみたいだし、伸ばしてみれば自分を犠牲にしている。

このままをぜんぶ受け入れてくれ、が傲慢で幼稚なことだとはだいたい当てがつく。

 

それでも、幼少からこれまでたくさん犠牲になってきて、死体もそこらに放っておかれたのだから、もうありのままでもいいだろう許してくれよと思ってしまう。

しかしこの世は、他人のことを傷つけてはいけないみたいだ。

 

なんでだよ、わたしが痛いって言ったときいなかったくせに、わたしには痛いって言うの?

痛いとも言えなかったのに、チグハグに絆創膏を貼ってわらうしかできなかったのに、なんで、なんでなんでなんで。

 

そうやってしか生きられなかったのに、他人を傷付けるより、自分を犠牲にするほうが美徳なんですか。

 

信じられないくせに愛されたくて、水を注いでもらっているのに自らの手で栓を抜いている。

愛されるのが、怖い。

愛をもらっていなかったのではなく、上手く認知できていなかった、ということにしたい。

自責でなんとか身が保たれるのなら、それがいい。

だって、そうでなければあんまりじゃありませんか。

向けられる嫌悪は安心する。

 

さて、何が歪みで何が正なのでしょうね。

良いお年を

2024年、何があっただろうかと写真フォルダを見返した。

ろくに撮っていない写真でも、振り返れるくらいには生きていた。

 

生きて、もがいて、這って、生きて、生きて、生きていた。

 

わらうのが上手なわたしは、はじめましての人とすぐに仲良くなる。

そう考えると友人、知人が増えた一年だった。

無碍にされ切った縁、その繋がりに執着がなく自然と線が溶けた縁、逃げたいと泣きながら切ろうとして、引き戻された縁。

 

「生きていてよかった」とゆるやかに本気で思えたり、"過去のあの子"ではなく"いまのわたし"として泣いていいんだ、とか、セックスもたくさんしたし、つらくて泣くのに笑っちゃう自分に笑っちゃって。

わたしは案外、愉快な人間なんだと思いました。

 

たくましく、すこやかに。しなやかに。わらって、わらって。

 

祈りをこめるこの挨拶が好きです。

巡る年を一緒に祝い合う新年の挨拶も好きです。

 

わたしはわたしのことが好きだけど、プライドが痛むほど愉快だとおもう人のことほど好きではない。

未だそんな人は現れていないので、暫定で一番好きなのはわたしということになります。

自分を殿堂入りにしたい思いはやまやまだが、そうなると他者他物へのアンテナが鈍くなる気がするので、実力で暫定一位を死守し続けたい気概があります。

 

いつか痛い目を見るその日まで、愉快なものを全力で笑えますように。

 

けらけらと、からからと、ふんわりと、わらえますように。

 

今日、12/31、わたしの目が見る空は好きな冬の空の色をしています。

それだけで一年悪くなかったなと呑気にわらっちゃうのです。

悪くないな、も、いいな、も、全部わたしにとっては悪くないのです。

「悪くない」は「いい」よりいい気がします。

死に方を選べるなら、「悪くなかったと思いながら死ぬ」をお願いします。

でも神様?死神?そこらの何者かにお願いするより自分でそこにこじつけるのできっと大丈夫。わたしはなんだって面白がっちゃうので。

 

それでは、また。

あなたも、わたしも、安寧が続きますように。

愉快に巻き込まれますように。

泣き虫

あまり他人に怒ったことがない、という人をよくみる。

わたしもおそらくそっち側で、爆発的な感情を叱責の意味合いで伝えることはほとんどない。

 

わたしが誰かに怒るときは、だいたいが

「そんなこと言わないで」

とおもっている。

 

だから、愛するひとにしか怒りを感じたことがない。

わたしが「怒ってるよ」「怒るよ」と言うときは、ずっと泣きそうに眉を歪ませている。

 

そんなこと言わないで。本意で自虐なんかして、わたしの愛するひとのことをそんなひどく言わないで。わたしはあなたのことが大好きなのに、あなたはわたしの愛するひとのことが嫌いなの?

やめて、これ以上やめて。

わたしの好きを嫌いって言わないで。

あなたへ

生きて、どうしようもなく生きて、生きていたいとおもうよ。

 

死を選ぶしか生きられない状況にいた友人に、「死なないで」とは言えなかった。

 

「あなたがわたしにだけはこう言ってほしくないのはわかっていて、それでもわたしは、あなたに生きていてほしいとおもうよ」

「わたしはきっとあなたが死んだら泣くのだと思う」

「今日、生きていてくれてうれしいよ」

 

友人にとってこれらの言葉がどう刺さり、体温をどう変化させたのかはわからない。

だけどいまその友人はひょんな衝動で怪しいサイトに飛んでしまった際、住所入力の段階で踏みとどまり、住所バレたくない、バレて死にたくない、なんて焦っていて、「私っていま死にたくないんだ!」とハッとしていて、わたしはたのしくて笑ってしまった。

 

「私が死ぬまでピンピンしててほしい、私はマラリアとかで死ぬからそれまで待っていてほしい」

らしくって、さてどうしようかなと考えている。

 

涙が溢れそうになるたび、手が震えるたび、吐く息のひとつひとつが浅くなるたび、自身の呼吸音をひどく気色悪く思うたび、生きていたいのだなと実感する。

 

正直だからあなたのとまり木にはなれなくて、捻くれ者だから同情もされたくなくて、だから、笑っちゃうくらいうれしいたくましさとか、まばゆいくらいの美しさとか、とろとろした甘いものとか、きっと痛がるくらいのまっすぐな愛だけ立ってわらっていてあげるから、だから、ごめんね。

生き残る

長嶋りかこ『色と形のずっと手前で』

読了。

 

たまたま見つけた本屋にて、数ページ目を通して吸い込まれるように購入した本。

 

グラフィックデザイナーが母になったら、色と形に辿りつかない日々が始まった。妊娠してお腹が大きくなり、のそのそと歩まねばならぬ体に変化していく中で見えてきたのは、ままならない体と足並みの揃わない社会だった。育児が始まると目の前に立ちはだかる仕事と育児の両立という壁。人々の暮らしと地続きであるはずのデザインの仕事と、目の前の家事育児という暮らしの相性の悪さ。子どもの時間と、仕事の時間。子どもを通して見ている世界と、仕事を通して見えている世界。混沌とした曲線の世界と、秩序だった直線の世界。二つの間で立ち往生しながら見えてきたのは、資本主義のレースと止まらぬ環境破壊とジェンダー不平等が一つの輪をなしている景色。そして子どもが手をひいて連れて行ってくれる、土の匂いがする景色。かつて自分も知っていた、あの曲線の景色。

(村畑出版)

長嶋りかこ「色と形のずっと手前で」 | shop

 

わたしがここで書きたいのは、この本になぞらえた感想ではなくて、この本で感じたほんの一部の感想のなかで、頬をパチンと叩かれたような、そんな気がしたわたしのある種の懺悔を書き残そうと思う。

 

 

「無知は罪」という言葉がある。

わたしがずっと、ずっとずっと念頭においている言葉。

 

その当事者である意識を忘れないように、自分の世界がすべてだと思わないように、どれだけ多様な世界に触れようとすべてを知ることなんて不可能で、驕り高ぶらないよう自制するように唱えている言葉。

でもどこかで自分には関係ないのだと思っていた。

念頭に置く意識があるだけマシだろう、と。

あくまで自分は"無知"の、そっち側の人間ではないのだろうと。

そんな驕りをみて見ぬふりしていた。

 

ぐるん

と、無理矢理首を向けさせられた気がした。

 

わたしは自分のことを面白がってくれる人が好き。

わたしに興味を持ってくれる人が好き。

たとえそれが外見だろうと、考え方や性格だろうと、その興味の詳細が性欲だろうと好奇だろうと、わたしの何かしらに魅力を感じてくれることに、ひどく興奮する。

そんなわたしのタチは、残酷だった。

 

恵まれているから「性欲をぶつけられることに興奮する」なんて言えるのだと。

性犯罪の被害に遭ったことはないし、暴力性を孕む性欲を目の当たりにしたことがないからそんな呑気なことを言えているのだと。

 

なんてグロいことを。

昼に食べたナポリタンが胃のなかでぐりゅりぐりゅりと動き出した。

 

たとえば同じことを言っても不快に思う人とそうでない人がいて、たとえ悪意がなくたって受け手が「毒」だと感じたらその時点でもうそれは毒で。

対人関係において加害者になることは避けられないと思っている。悲観なく、時に諦めて割り切らなければいけないことだとも。

とはいえ故意かどうかでは悪質具合が全く違う。

 

わたしの、何でも面白がる性質はどれだけ非人道的なのだと吐き気がした。

 

知らないからそんなこと思えていたんだ、そっち側じゃないなんて笑えてしまう。

わたしは「知ろうとする」段階にすら立っていなかった。

そっち側じゃないなんて、それこそがそっち側の人間であることを何より示しているのに。

加害者になる覚悟なんて、全然なかった。

 

わたしは、わたしの世界を疑ってしまった。

わたしがプライドを持って作り上げたと思っていた世界を。

 

すこし過去の話をする。

 

わたしのこの性質は、生き延びるために身に着けた正真正銘のライフハックでもあった。

 

幼い頃からわたしは、「家庭」を上手く認知できなかった。

住む家も、親やきょうだいといった家族もいた。

毎日ご飯が出てきて夜はベッドで寝て、暴力を振るわれたりネグレクトされたり、そういうものは一切なかった。

詳細は書かないけれど、生きていくのに不自由はなかった。

きっと愛されて、大切に想われていただろう。

 

だけどやっぱりわたしはちいさいあの子を可哀想だと思う。

母を亡くした同級生の苦しさや寂しさを想像しては自分のそれと比べて、自分のは大したことないから苦しいなんて思っちゃいけないなんて不健全な思考をしていた、家の、砂利がひかれた庭の、物置の前。

それが不健全だとわかったのは随分あとになってからだった。

 

わたしは自分を励ます方法はたくさん知っている。

なんでも面白がってエンタメにするのだってそのなかの一つだ。

身に付けざるを得なかったと言ったら同情されそうでめちゃくちゃ嫌だけど。

 

自らの愚を痛感したからって、ここでわたしのその意識や性質を変えようだなんてことは1ミリも思っていない。

そのときそのとき必死に、しかし自然に身につけた術で、生き残るための水で食糧だったのだ。

 

あとからその水は飲んじゃいけなかったんだよって言われても、そのときのわたしはそれを飲むしか生きていけなかったのだから。

開き直ってるって思われてもいい。たぶんそうだし。

 

いま、(人、もの、自然などを含んだ)他者を面白がることはやめない。

それがわたしの個性だし、わたしの面白味だし、プライドをかたちづくっているものだから。

でも、もっとカッケー奴になるための課題もできた。

自分のプライドと教訓はきっとなかよくできる。

 

たったの100年、わたしは満足して死にたい。

 

いま感じた罪悪感を、十字架を、ずっと背負って生きていく。

また一つオカズがふえた。

咀嚼して、反省して、後悔して、ぜんぶ「いただきます」しちゃうもんね〜